与信管理は日常では聞きなれない言葉かもしれません。
銀行がお金を貸す時に行う審査をイメージする人も多いでしょう。
しかし、与信管理は企業間取引において、重要な役割を担っています。
この記事では与信管理の意味を解説し、企業にとって与信管理が必要な理由や実施のプロセスをご紹介します。是非、最後まで読んで理解を深めてください。
与信管理とは? 意味・読み方・英語表記を簡単に紹介
まずはそもそもの「与信」の意味をおさえよう
与信とは文字通り信用を与えることです。
会社間の取引では、製品やサービスを提供してすぐに代金を回収することはほとんどありません。1か月等、まとまった期間の取引額を後日精算する掛け取引が一般的です。
掛け取引ができるのは、期日になれば代金を入金してもらえるという取引相手に対する信用があるからです。この取引相手への信用を与信と言います。
もし、与信がなければ商品の受け渡しがある都度、代金を支払うことになり、企業間の取引は煩雑なものになるでしょう。
与信管理=取引に伴うリスクをコントロールすること
与信管理とは、与信に基づく取引に伴うリスクを管理・コントロールすることです。
「よしんかんり」と読みます。英語表記は「credit control」です。
具体的な方法としては、取引先の与信に基づき販売限度額を設けることが挙げられます。
売掛金がその金額に近づけば、取引額を絞るのです。
正しく与信管理を行うことで、売掛金が回収できないリスクを回避できます。
限度額を絞るだけが与信管理ではありません。
業績が好調で売掛金回収に問題がないと判断できる会社と、今後の取引を拡大していきたいと考えるのであれば限度額を拡大するのも与信管理の方法のひとつです。
与信は、取引先ごとに管理・コントロールすることが求められます。
与信管理が企業経営において重要視される理由
取引先との連鎖倒産を防ぐ
企業経営において与信管理が重視される理由はいくつかありますが、大切なのは取引先との連鎖倒産を防ぎ、自社の利益を守ることにあります。
倒産した会社に対する大きな債権を持っているケースでは、債権回収ができなくなることで共倒れしてしまう場合が多いです。
債権の額が大きければ大きいほど、回収できなかった時の損害が大きくなります。
特定の企業とだけ取引を行うのはリスクを伴います。
複数企業と取引を行う場合も、与信管理を行い連鎖倒産を未然に防ぐ対策が必要です。
資金繰り対策として機能する
与信管理は資金繰り対策としても機能します。
取引先が倒産しないまでも、売掛債権の回収が遅れることで、自社の資金繰りに影響を及ぼすことがあるでしょう。
本来であれば回収できていた代金で支払予定だった買掛金が支払えなくなる可能性があります。また、必要経費の支払いが滞ってしまうかもしれません。
支払いの遅れは、自社の信用問題に関わります。
さらに、売上はあるのに資金が底をついて倒産する黒字倒産のリスクも伴います。
資金繰りに悪影響が出ないよう、売掛金等の債権を確実に回収するためにも、与信管理は企業経営に重要なのです。
安定した利益が確保できる
売掛金は、回収できなければ不良債権となってしまいます。
全額回収できなかった場合や取引停止から一定期間弁済がなかった場合は、貸倒損失として処理を行うことになるでしょう。
損失は、利益を圧迫します。売上を上げても赤字になる事態を避けるためにも、与信管理が欠かせないのです。
しっかりと与信管理を行うことで、貸倒損失リスクを減らし安定した利益の確保に繋がります。
自社に対する信用度の低下を回避する
前述した通り、売掛金の回収が遅れることで買掛金の支払いに影響が出ると、自社の信用問題に関わります。
買掛金の支払いが遅れることが続くと、自社に対する取引先からの不信感を強めることになります。自社に対して信用調査を行うかもしれません。
企業信用調査が行われると、決算書や信用調査データを閲覧され、資金繰りに問題がある場合は露呈する可能性があります。
このような信用度の低下を回避するために、与信管理が重要なのです。
経営戦略に活用できる
与信管理の目的は、「連鎖倒産を防ぎ正常な資金繰りを行うことで利益を確保し、自社の信用度を高めること」だけではありません。
与信管理は、経営戦略に役立てることができます。
リスクを完全に排除してしまうのではなく、リスクがあるからこそ利益があると考えるのです。リスクばかりを恐れていては、企業の成長は望めません。
取引先の与信リスクを見極めた上で、自社の資本や利益を考慮してリスクを調整することは重要な経営戦略です。
与信管理を実施する際の主なプロセス
①ルール・マニュアルを作る
与信管理を行うには、社内で共通認識を持つためのルールやマニュアルを作ることが重要です。基準がなければ、担当者が独自に判断をしなければなりません。
取引先の信用度に応じた格付け基準を設定します。
Sランクは支払能力が高く今後も取引を継続したい企業、Cランクであれば支払能力に不安があり取引は十分な注意・警戒が必要といったイメージで基準を決めます。
格付けを何段階にするか、基準ごとに限度額をいくらにするか等を検討し、ルールを明確にすれば担当者が悩む心配もありません。
また、担当者が与信管理を理解できるよう、適切な教育を行うことも大切です。
②取引相手のデータを集める(与信調査)
マニュアルが整備されたら、次に行うのは取引先のデータを集める与信調査です。
与信調査には3つの方法があります。
■社内調査
社内にあるこれまでの取引履歴や、営業部門・経理部門に蓄積されている情報・担当者の意見を参考に調査を行う方法です。調査対象の会社に訪問、または電話やメールにて、代表や担当者から直接ヒアリングを行うこともあります。
■外部調査
調査対象の会社以外にある情報から調査を行う方法です。
インターネットに掲載されている情報や、商業登記・不動産登記情報等を用いて調査を行います。調査対象会社の取引先に問い合わせることもあります。
■依頼調査
帝国データバンク・東京商工リサーチといった信用調査会社に依頼し、取引先の決算書等の情報から定量分析を行う方法です。調査会社はインターネット上の情報から定性分析を行うこともあります。
調査費用が必要になりますが、自社で行うより正確な調査を行うことが可能です。
③データを基に評価と分析を行う
与信調査はデータを収集して終わりではありません。
集めたデータを基に評価・分析を行います。
数値データを用いた定量分析だけでなく、取引先の経営者の資質といった数値では表せない定性分析も併用することが大切です。
分析結果から、先に決めておいた信用度に応じた格付けに取引先を当てはめてみましょう。
支払能力に問題がなく今後も積極的な取引を続けていきたい企業と、資金繰りに不安があり取引を慎重に行いたい企業を明確にすることができます。
④与信の上限額を定める
与信調査のデータを元に格付けを行えたら、与信限度額を設定しましょう。
設定した金額の範囲内で取引を行うようにするのです。
格付けが高く支払能力に問題がないと判断できる取引先は限度額を高く設定し、格付けが低い企業は限度額も低く設定します。
設定金額は、月間売上見込みと回収サイトを考慮して、必要な範囲でなければなりません。
例えば、月の売上見込みが500万円で回収サイトが2か月であれば、与信限度額は1,000万円と計算されます。
季節によって売上額にばらつきがある場合は、限度額に余裕を持たせる必要があるでしょう。また、手形による取引を行っている場合は、手形の期日までは現金にならないので限度額を増やさなけれなりません。
支払能力に問題がなく、過去に回収できなかったことがない取引先であれば、与信限度額をさらに増やすことも可能です。
一方、リスクの高い取引先であれば、取引額を見直す必要があると判断できます。
与信限度額を設定する際、参考にするのは売上見込みや回収サイトだけではありません。
取引先がどの程度の純資産を保有しているかも限度額を検討する材料のひとつです。
また、取引先の貸借対照表にある買掛金等の仕入債務を基準にするケースもあります。
⑤取引相手との契約・管理を継続する(与信事後管理)
与信限度額を決めたら取引と交渉を行い、合意すれば契約に進みます。
与信管理は契約して終了ではありません。
取引先の状況は、今後も一定とは限らないため、定期的な確認が必要です。
売掛金回収前に追加の取引があれば、限度額を超えないよう注意しましょう。
限度額を超える可能性があっても一時的であれば、回収サイトの到来を待たずに一部支払うことで取引が行えるようにする等、柔軟な対応も求められます。
定期的に限度額を超えることがあるものの支払いに問題がなければ、限度額の見直しも検討しましょう。
売掛金は確実に回収し、遅延した場合はなるべく早いタイミングで連絡することが回収不能を避けるポイントです。
企業の与信管理によくある課題と解決策
与信調査の判断基準が曖昧になっている
与信調査の範囲やかけるコストの判断基準が曖昧になっていると、費用がかかるだけで、与信管理の成果を上げられない可能性が出てきます。
与信調査を行う時は、情報をどの範囲まで入手するのか、どこまでコストをかけても良いか、明確にしておくことが重要です。
依頼調査を行えば、多くのデータが手に入りますが、コストがかさむデメリットがあります。社内調査を行っても、スタッフの工数は無限ではありません。
調査を行う取引先にどのくらいの売上・収益が見込めるかを考えて、それに見合った調査方法を策定し、期間を決めて調査を行うことが大切になるでしょう。
与信管理体制の構築が不十分である
ノウハウが不足していることから、与信管理が属人化しているという問題をよく耳にします。
特に、経営者が与信管理を行ってきた場合や、営業の勘を頼りに与信取引を行ってきた企業では、与信管理の具体的な方法やランクの基準が決まっていないことが多いです。
解決策としては、与信管理のフローを整備して、マニュアルに落とし込むことが挙げられます。
判断の基準は、できる限り数値で定量化することが重要です。
マニュアルを改訂しノウハウが蓄積できれば、与信管理体制が構築され、与信調査を誰が行っても同じ結果を導くことができるようになるでしょう。
与信管理をより有効にする・効率的に行う方法
与信管理システム等のツールを導入する
与信管理を効率的に行うためには、与信管理システムを導入する方法があります。
与信管理のために割ける社内のリソースがない・調査会社に費用をかけられないという場合に有効な手段です。
システム導入費用は必要になりますが、調査会社に依頼するよりコストを抑えた運用ができます。取引先の調査や、与信限度額の管理、受注残・売掛残等の一元管理が可能です。
与信管理システムは種類が豊富にあるので、自社の業務にあった仕組みを導入できるよう、複数のシステムを比較して検討することをおすすめします。
アウトソーシング(代行サービス)を活用する
自社で与信管理を行うのは担当者の負担が大きくなります。
専任の担当者をアサインできればともかく、メイン業務の合間で与信管理に注力するのは難しい場合が多いでしょう。
また、与信管理を行うには、専門知識が必要です。
ノウハウが蓄積されていない上に、教育に時間を取ることが難しい企業では、与信管理の効果が十分に発揮できないという事態になり兼ねません。
取引先が倒産の危機を抱えていても、それに気が付かなければ取り返しのつかないこともあるでしょう。
アウトソーシングを活用すれば、取引先の情報を効率よく管理しつつ、本来の業務に専念できます。
与信管理に関する知識をつける(資格の取得)
与信管理システムを利用する場合も、アウトソーシングを活用する場合も、与信管理に関する知識やノウハウを社内に蓄積することは大切です。
社内担当者に知識があることで、与信管理の効果を上げることができます。
知識を深めるには、与信管理の業務に役立つ資格の取得が近道です。
与信リスクのコントロールができるようになるためには、ビジネス実務与信管理検定試験の1級・2級取得を目指して学習すると良いでしょう。
2級に合格すれば、与信管理に関する実務知識が身に付き、リスクの評価を行えるようになります。1級に合格すると、さらに高度な技能・豊富な経験が認められ「与信管理士」認定の申請が可能です。
与信管理士に認定されると、職業専門家として信頼性の高いアドバイスが行えるレベルになります。
まとめ
与信管理の意味や、与信管理が必要な理由・実施プロセスを紹介しました。
与信管理を行い取引のリスクをコントロールすることで、連鎖倒産を防ぎ安定した利益を確保することが可能です。また、適切な資金繰りを行い、自社の信用度を保つことができます。
与信管理を行う前に、ルールを策定しマニュアルを整備すること、担当者の教育を行うことも重要です。
取引先の情報は頻繁にチェックしておきたいものですが、調査範囲とコストを考慮し、利益に見合った調査・分析を行うようにしましょう。